もう癒やしたはずなのに、どうしてですか?

子供 無邪気

内なる子どもを癒してとらわれの人生からの脱出!

インナーチャイルド心理セラピストのふるたてひろこです。

ステップメール読者様からのご質問にお答えしたいと思います。

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メールを拝見して、メールの内容はかなり前に、

インナーチャイルドを自分なりに癒し、解決したかのように思ってました。

しかし、子どもの問題に取り組んでたら、また学生時代の時の感情から抜け出せなくなりました。

それは、どのようにとらえていけば、よいのか知りたいです。

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ステップメールをお読みくださってありがとうございます。

ご質問のシンプルな文面からしか判断できないので

いくつかの可能性が残るのですが、ここでは最も高い可能性についてお伝えしたいと思います。

ここでのポイントは、「学生時代の感情」とインナーチャイルドが関連しているのかどうか?

ということだと思いますが、

文面にある「子どもの問題に取り組んでたら」「学生時代の感情から抜け出せなくなった」という

因果関係が読み取れます。

もしそうだとするならば、

このふたつは「関連がある」と考えるのが妥当です。

ひとつの可能性として、「自分なりに癒し、解決した」と思っていたインナーチャイルドは

「完全に解決済みではなく、一部蓋をされていた」ということが考えられます。

インナーチャイルドというのは、

かねてより書いているとおり、「子供時代の体験とそれに伴う感情の記憶の総称」ですが、

感情というのは単純ではありません。

例えば、強烈な寂しさを感じた。

けれどそれを素直に「寂しい」と表現出来る環境にはなく、我慢するしかなかったとする。
この時、ただ封印するのは難しいとなると、他のの感情を使って寂しさを覆い隠すということをします。


ここでよく使われるのは「怒り」です。
「怒り」と「寂しさ」を同時に感じることは出来ません。
「怒り」を感じている間は「寂しさ」を感じなくて済む、というわけです。

けれどずっと「怒り」続けているのも大変です。
「寂しさ」を覆い隠すための「怒り」でしたが、これを更に隠すためにはどうしたらいいのでしょうか?

ここで登場するのが「恐れ」です。
「恐れ」を感じた時、皆さんならどうするでしょうか?

そう、恐いとき、人は逃げるのです。
「恐れ」の感情を使うと、人はその下にある感情、先程の例で言えば「怒り」から逃げることが出来ます。

というように、感情は層となって折り重なります。それはまるでミルフィーユのようです。

また、どの感情の上にどの感情が積み重なるかも、上記はあくまでもひとつの例に過ぎず、個別に違います。

ここで冒頭のご質問に戻ります。
癒したと思っていたインナーチャイルドが まだいやされていなかった可能性についてです。

ある時ある体験について ひとつの感情が表現され すっきりしたような 気持ちになったとしても、 それが感情のミルフィーユの一層に過ぎなかったとしたら。

その体験は完全に癒されたとは言い切れつ また別のタイミングで 現れることもあるわけです。

もちろんセラピーの現場ではそのような感情の層についても十分に考慮した上で 対処していきます。

今日も最後までお読みくださってありがとうございました。